常磐線で行く福島への旅の最終日はいわき湯本の温泉宿からスタートです。前日にコンビニで買っておいた朝食を食べてからチェックアウト。湯本駅に向かいます。

湯本駅から常磐線の列車に乗ります。車両はE501系。E501系は以前と比べても走行している車両も区間もだいぶ少なくなっているようなので今回乗れてラッキーでした。この記事を書いている2025年に何両か九州に輸送されているのが話題になっていました。詳細は発表になってませんでしたが今後JR九州で使用されるようなので気になります。

いわき駅で乗り換えます。

引き続き常磐線の列車に乗ります。車両はE531系。

車窓からは海が見える区間もありました。

富岡駅に到着しました。駅から歩いて移動します。

東京電力廃炉資料館 に来ました。この施設は東日本大震災での福島第一原発事故の記録や現在も続く廃炉事業についての展示などがある東京電力の施設です。無料で見学ができますが案内ガイドさんによるツアー形式での見学の日の場合は混みあってるとすぐに参加できないので予約をすると待ちなしで参加できるようです。ツアーなしで自由見学の日は予約は不要で見学できます。僕が行ったときは日曜日のみ自由見学の日(僕が行ったのも日曜日でした)でしたがこの記事を書いてる2025年8月時点現在は平日がツアー形式、土日祝は自由見学になってるようでした。

この建物にある扉が入り口になっています。館内は撮影禁止のようだったので画像はありませんが展示はかなり充実していました。
福島第一原発事故についての展示は当時の発電所で起きていたことが時系列でわかるようになっているほか、なぜ事故が起きてしまったかという事や東京電力としての反省も紹介されていました。また福島第一原発と同じく福島県内にあり津波被害を受けた福島第二原発についての展示もあり、第一原発と比べて被害は少なかったものの、そのままだと福島第一原発と同じく大事故になりかねない状況だったのを現場の方々の臨機応変な対応があったことで事故を免れた事について詳しく知れたのも良かったです。
2011年の事故から現在も続く廃炉事業についての展示では廃炉に向けて今まで行ってきた事について詳しく紹介されているように思いました。事故の現場で使われてきた偵察用のロボットや作業用ロボットも展示されていました(実際に使われたものか模型かはわからなかったです)。今後の計画についての紹介はありましたが廃炉にするための作業はかなり難しく今でも試行錯誤しながら少しずつ進めている状況のようでまだ終わりの目途もわからず今後もかなりの時間がかかるようで、現在進行中の事についてや今後の事についての紹介はあまり無いようです。廃炉事業は大変なお仕事だと思いますが今後も頑張っていただきたいです。
コの字型に設置されたかなり大きなディスプレイの前に操作パネルが設置されているコーナーでは操作パネルで観たいエリアを選ぶと事故後の福島原発の外観などを見ることができ見ごたえありました。展示全体に動画を使ったものが多く分かりやすかったですがその分しっかり見ようとすると見学に時間はかかるので自由見学の日でも時間は多めにあった方が良いと思います。

建物がなぜかメルヘンな感じだったり外にイベントができそうなスペースもあるの何でなんだろと思っていたのですが、震災前に原子力発電所をPRするために作られたエネルギー館という施設の建物を使用して展示等を全面リニューアルして作られたためなんだそうです(後に友人に教えてもらいました)
富岡駅からは徒歩で15分位でした。日曜日以外は町営の路線バスが走っていてバス停が近くにあるようです。バスの時刻表は富岡町のHPで見る事ができます(富岡町HPの検索窓に バス と入力)。Googleマップのナビでもバスの時刻表は反映されているようでした。富岡駅前にはタクシー乗り場もありました。
東京電力廃炉資料館は東日本大震災での福島第一原発事故について発電所で起きていた事についてなど詳しく展示されていて勉強になりました。こちらに行く数か月前に同じく福島県の常磐線沿いにある東日本大震災・原子力災害伝承館(双葉駅からシャトルバスで行けます)にも見学に行ってきたのですが伝承館の方が住民の方からみた震災や事故当時に起きた事についての展示や語り部さんの講話、震災前の地域と発電所との事などの展示もあり同じ福島第一原発事故の事に対し違う視点からの事を学ぶことができ両方とも見学するのもとても良いと思いました。
東京電力廃炉資料館を出発して次の目的地に移動します。

とみおかアーカイブ・ミュージアムに来ました。東京電力廃炉資料館からは徒歩で20分位で着きました。とみおかアーカイブ・ミュージアムは富岡町立の歴史博物館で2017年にオープンした富岡町の博物館で富岡町の歴史についてや受け継がれてきた地域資料、東日本大震災と原発災害での震災遺産を収蔵、展示しています。常設展示室で資料などが展示されいてる他、収蔵展示エリアでは約5万点の資料が保管されいてるそうです。

常設展示室は大きなフロアになっていて半分くらいが富岡町の成り立ちや地域の特徴に関する展示、もう半分が東日本大震災による震災遺産展示となっていました。

展示室の入り口から入ってすぐのエリアには富岡町の歴史や名産品などが展示されていました。

震災前の富岡駅改札とそこから見える風景写真、や駅にあった備品や当時の駅の模型なども展示されています。富岡駅の駅舎は東日本大震災の津波により流されてしまったそうです。

富岡町内には富岡駅の他に夜ノ森駅という駅もあります。震災前は駅の線路横の斜面に6000株のツツジが植えられていて花と緑の駅コンクールで最優秀賞に選ばれたこともあったそうです。夜ノ森駅は海から離れた場所にあるため津波の被害は無かったものの福島第一原発の事故の影響で除染が必要となりツツジは全て伐採され駅舎は原発事故の避難指示で放置されたことも影響して老朽化していたのと除染をしても線量が下がらない可能性があることから解体され現在は新しい駅舎となっているそうです。(ツツジに関してはまだ以前と比べると少量ですが除染作業後に一部の切り株から再生したツツジの木で花が咲いたり新たに苗木を育て駅前の花壇に植えたりするプロジェクトが進行しているようです。また、新しく建てた駅は橋上駅になっていますが、地上部分に作られた待合室は以前の駅舎の姿に近づけた作りにしているそうです)

福島第一原発に近いエリアの街だったため震災前の地域と発電所についての関りなどについての展示もありました。

東日本大震災時に設置された災害対策本部を再現した展示です。ホワイトボードや机の上の資料などから当時の様子がわかる他、展示の前面に設置されている操作パネルを操作すると音声での説明も聞くことができました。震災直後に富岡町役場に対策本部が設置されましたが停電で非常用電源も震災当日の夕方には切れてしまいましたが役場のすぐ近くであり現在とみおかアーカイブ・ミュージアムがある場所の道の向かいにある富岡町文化交流センター学びの森に自家発電機が設置されていたのでそちらに対策本部を移動して震災と津波の被害を受けた住人の避難などの対応を行っていたそうでこの展示はその時の再現になっているそうです。福島第一原発の事故により震災翌日の3/12には富岡町の全住民が避難することになり、この災害本部はほとんどそのままの状態で隣の川内村へと避難、さらに3/16には川内村も非難の対象の区域となり富岡町と川内村の住人は郡山などに避難したそうです。その後4/22に福島第一原発から半径20キロ圏内が警戒区域となり富岡町全域も含まれていたため学びの森に残されていた対策本部は数年間そのままになっていたそうです。

警戒区域となり立ち入りが制限されてからの事についての展示もありました。

原発事故により緊急で町から避難しないといけない状態だったため建物などの地震による損壊の調査や修理を行うことができなかったため雨水等でさらに建物の損壊が進むとともに放射性物質が雨と共に建物内部にも入り込むほか、住民が避難するときに連れていくことができず野生化した家畜やペットといった動物による被害も多かったそうです。
その後段階的に避難指示が解除されていて2024年の時点では福島第一原発に近い場所に帰還困難区域が残っている以外は避難指示が解除されて地域再生に向けて復興事業が進められているそうです。放射線量低減のためなどで解体される建物から富岡町の事がわかる資料の救出活動も行われていて、とみおかアーカイブ・ミュージアムに収蔵されている約5万点の資料の7割はその活動で見つかったものなんだそうです。

東日本大震災で津波の被害を受けたパトカーも展示されていました。このパトカーは震災発生時に住人の避難誘導を行う際に使用されていましたが津波に流されてしまい、このパトカーを使用していた警察官お二人が殉職なさってしまったそうです。震災後富岡町の住民の声がきっかけでこのパトカーの保存が決まり、町内の公園で保存された後にとみおかアーカイブ・ミュージアムにて保存、展示がされることになったそうです。
富岡駅からは徒歩で30分位です。こちらも日曜日以外に運行している町営の路線バスのバス停が近くにあるようです。
今回の旅で初めて富岡町に来たのですが(常磐線で通ったことはありましたが駅で降りたのは初めて)とみおかアーカイブ・ミュージアムで富岡町の事を色々と知ることができてとても良かったです。震災関連の展示も同じ日に見学した東京電力廃炉資料館と違う視点での展示だったので富岡町に行くなら両方とも見学するのも良いと思います。僕が行った頃にこちらの施設かできてから10000人入場した時期だったそうで記念品を頂きました。
駅に戻りながら途中でお昼ご飯を食べていきます。

らーめん祿屋(ROKUYA)というとみおかアーカイブ・ミュージアムから徒歩10分くらいの所にあるラーメン屋さんに寄りました。こちらのお店は建設業の会社が震災後に町並みが変わり飲食店も少なくなった富岡に店舗を作り、地域を元気づける愛される店にしたいと2024年7月にオープンしたそうです。

醤油ラーメンを頂きました。旨味があるスープで表面には油が浮かび後味に少し甘味も感じました。麺は細麺。チャーシューは程よい脂がのっていて食べ応えもありました。ラーメンの種類も多く定食があったりサイドメニューなども豊富なので色々なメニューが選べて地元の人が日常的に利用して楽しめるようなメニュー構成のように思いました。
富岡駅から徒歩で20分くらいの場所で車で来店されてるお客さんが多いようでした。富岡に行く前に事前に飲食店などを調べておきました富岡駅近くの飲食店が日曜休みのところが多いので日曜日に昼食を食べれる貴重なお店です。日曜日以外ですと廃炉資料館近くのさくらモールとみおかという商業施設に入っている飲食店が営業しているようです。
ラーメンを食べてから歩いて富岡駅方面へ戻りました。

富岡駅まで戻ってきました。
今回は歩いて移動しましたが、富岡駅に併設されている富岡町観光案内所には電動アシスト付き自転車のレンタサイクルもあるようです。また駅前ロータリーにはタクシーも停まっていたのでタクシーで移動したい場合もすぐに乗ることができそうでした(時間帯などによると思いますが)

とみおかアーカイブ・ミュージアムで震災前の富岡駅改札の展示を見てきましたがこちらが現在の富岡駅の改札です。震災前は今の位置より東京よりの場所に駅舎やホームがありましたが津波の被害を受け2017年に東京方面のみ営業再開した時から現在の駅舎とホームとなっています。2020年に常磐線が全線運転再開再開した時に東京近郊区間に含まれるようになりSUICAなどの交通系ICカードも使えるようになっているので東京周辺のICカードが使える駅との行き来でICカードが使えるようになっています(常磐線の駅は仙台近郊区間に含まれる駅もあり、仙台近郊区間の駅とはSUICAのエリアが違うのでICカードで行き来することはできません。2025年現在。)

富岡駅から常磐線の列車に乗ります。車両はE531系。

いわき駅で乗り換えます。

引き続き常磐線の列車に乗ります。車両はE531系。

水戸駅に着いた頃には外も暗くなっていました。

常磐線の列車に乗ります。車両はE531系。

我孫子駅に到着です。上野方面まで行く場合はそのまま快速線の列車に乗って行けばいいのですが次の乗換駅が快速線が止まらない駅なので緩行線に乗り換えます。

常磐緩行線の列車に乗ります。E233系2000番台。常磐線から地下鉄千代田線~小田急線と乗り入れる車両で地下鉄に乗り入れできるよう横幅が他のE233系より狭く正面には非常用の扉があるなど独自の仕様です。

新松戸駅で乗り換えます。

武蔵野線の列車に乗ります。車両は209系500番台。

北朝霞駅に到着です。今回の旅はこちらでゴールです(その後東武に乗り換え埼玉県内の自宅に帰りました)
普段、ある程度距離を移動しながら宿泊するというスタイルの旅が多いのですが、今回は2日間同じ温泉地(別の宿です)で宿泊しするという旅でした。宿泊したいわき湯本温泉は東京からも特急列車なら乗り換えなしで1本で駅からも徒歩で行けるという交通の便の良いですし、街中にある温泉地なので飲食店やコンビニなどもあり気軽に行けるのも良いなと思います。温泉の泉質などもとても良いです。いわき市石炭・化石館 ほるるやアクアマリンふくしまもとても楽しめました。今回の旅行はいわき湯本の温泉に行きたいなと思っていたのと、常磐線の特急に乗ってみたいと思ったこと、夏に双葉町の東日本大震災・原子力災害伝承館を見学した後に原子力災害についてもっと学びたいと思って調べたら富岡町に東京電力廃炉資料館があると知って、いわき湯本に宿泊しつつ見学しに行こうと思ったのがあって計画しました。いわき湯本の温泉で気になってる宿がまだいくつかあるのと浪江町になみえ焼きそばを食べに行ってみたいのと富岡町にもまた行きたいななどと思っているのでまた常磐線沿線の旅行に行こうと思います。